ホーム出版物・書庫コラム地震動の強さとは

地震動の強さとは

筑波大学 境 有紀

地震動強さについて,一般の方から学会に問い合わせがあったそうで,地震動強さや建物などの構造物への影響についてコラムへの寄稿依頼がありましたので,できるだけわかりやすく簡潔に書いてみようと思います.

地震の揺れ,即ち,地震動は様々な性質をもっており,震度や加速度(ガル)が大きいから地震動が強く,被害が大きくなるという単純なものではありません.例として,東日本大震災で震度7を記録したK-NET築館と阪神・淡路大震災のJR鷹取の観測波形(震度6強)を図1に示します.

図1 地震時の揺れの加速度波形の比較
図1 地震時の揺れの加速度波形の比較

これを見ると,東日本大震災のK-NET築館は,非常に大きな加速度で長時間に渡って揺れているのに対して,阪神・淡路大震災のJR鷹取は,加速度の大きさは東日本大震災より遥かに小さく継続時間も短いです.しかしながら,地震動が記録された観測点周辺の被害は,K-NET築館周辺ではほとんどない(木造家屋全壊率0%)一方で,JR鷹取周辺では,甚大な被害(木造家屋全壊率59.4%)が生じました.どうしてこのようなことになったのでしょうか?

図1の波形をよく見てみると,東日本大震災のK-NET築館は,非常に細かくがたがたと揺れているのに対して,JR鷹取は,少しゆっくりゆっさゆっさと揺れていることがわかります.これが地震動の周期特性です.周期というのは,揺れが行って返ってくるまでの時間のことで,1秒間に1往復すれば周期1秒となります.この周期特性をわかりやすく表示したものに応答スペクトルというものがあります.応答スペクトルとは,様々な固有周期をもった振り子を並べて地震動で揺すって,横軸に振り子の固有周期,縦軸に揺れたときの最大振幅をプロットしたもので,地震動に含まれる「周期成分」がわかります.図1の2つの波形の応答スペクトルを図2に示します.

図2 応答スペクトルの比較
図2 応答スペクトルの比較

これを見ると,東日本大震災のK-NET築館は,0.3秒くらい,即ち,1秒間に振り子が3往復するくらいの短い周期で揺れているのに対して,阪神・淡路大震災のJR鷹取は,1秒より少し長い周期が卓越していることがわかります.

このように発生する地震動は,地震の震源特性や地盤などによって周期特性が変化するため,単に地震動が強い弱いとは言うことは難しいのですが,地震動の強さを表現するのに応答スペクトルではなく1つの数字で表す地震動強さ指標というものが必要になることがあります.例えば,地震動予測地図や震度マップのように発生する地震動を面的に表現したり,原子炉建屋や超高層建物のような特定の構造物を設計したりする際には,想定する地震動強さを1つの数字で表さなければなりません.そうするとどうするかと言うと,応答スペクトルからある特定の周期成分を切り出すことになります.よく使われる地震動強さ指標と対応する地震動の周期の関係を図3(の下の部分)に示します.

図3 地震動の強さ指標,対象と対応する周期の関係
図3 地震動の強さ指標,対象と対応する周期の関係
(PGA: 地動最大加速度,PGV: 地動最大速度)

例えば,地動最大加速度(PGA (Peak Ground Acceleration),単位: cm/s2,この単位をガルと呼ぶことがあります)は,全く変形しない剛体の応答なので周期0秒(図2の応答スペクトルでは左端の値)に対応します.また,地動最大速度(PGV (Peak Ground Velocity),単位: cm/s,この単位をカインと呼ぶことがありますが,そう呼ぶのは日本だけなので注意してください)は,逆に非常に長い周期の速度応答と対応しています.特定の周期ではなく,幅広い周期(0.1~2.5秒)を対象としたスペクトル強度SI (Spectral Intensity)という指標もあります.

その一方で,建物などの様々な構造物は,揺れやすい固有周期をもっているので,地震動のもつ周期成分との兼ね合いで揺れたり揺れなかったり,被害が生じたり生じなかったりします.建物の周期や人体感覚などの周期を図3の上に示してあります.図3の上と下を見比べれば,地震動のどういう周期成分がどういう現象に対応しているかわかります.非常に頑丈で周期が短い原子炉建屋に地動最大加速度(PGA),周期が長い超高層建物に地動最大速度(PGV)が地震動強さ指標として使われるのはこのような背景があります.計測震度は,地震動の0.1~1秒という短い周期に対応していますが,これはぴたり人体感覚と一致していることがわかります.つまり,震度というのは,人がどれだけ強い揺れと感じるのかを測っているもので,震度が大きくなれば建物などの被害が大きくなるというわけではないのです.

では,地震動のどういう周期が建物の被害と対応しているのでしょうか? 図3を見るとわかるように日本の建物のほとんどを占める木造家屋や10階以下の中低層非木造建物の固有周期は0.2~0.5秒程度です.一見,この周期の成分を多く含んだ地震動が発生すると,建物と地震動の周期が一致する「共振」が起こって大きな被害を引き起こす感じがしますが,注意しないといけないのは,建物などの構造物は被害を受けると周期が伸びるということです.全壊・大破などの大きな被害になると周期は3~4倍程度,即ち,1~2秒になります.

ここであらためて,図2のK-NET築館(東日本大震災)とJR鷹取(阪神・淡路大震災)のスペクトルを見比べてみます.日本のほとんどの建物の周期である0.2~0.5秒を見ると阪神・淡路大震災のJR鷹取より東日本大震災のK-NET築館の方が遥かに大きいことがわかります.つまり,建物が壊れる前の固有周期,即ち,弾性周期を考えると被害が説明できません.でも大きな被害を受ける時の周期1~2秒のところを見ると,東日本大震災のK-NET築館は,阪神・淡路大震災のJR鷹取のわずか1/5以下です.この2記録に限らず,東日本大震災と阪神・淡路大震災の地震動は,同様の傾向があることがわかっています.

つまり,地震動の強さを,建物にどれだけ大きな被害を生じさせるか,という観点で評価すると,東日本大震災による揺れの強さは,阪神・淡路大震災より遥かに「弱い」ものだったわけで,揺れによる被害が少なくて済んだのは,決して建物の耐震性能が高かったからではないことに注意する必要があります.

このように,木造家屋や中低層建物など一般的な建物の大きな被害の場合は,地震動の周期成分の中の1~2秒が対応するのですが,対象や被害の大きさが変わると,対応する地震動の周期も変わります.例えば,図3の上にあるように超高層建物や免震建物は,もっと長い周期が対応しますし,一般的な建物でも,屋根瓦がずれたり,ひびが入ったり,室内の物品が散乱したりといった軽微な被害は,1秒以下の短い周期が対応します.

なお,PGAやPGVなどの地震動強さ指標と地震動の応答スペクトルの関係について少し補足すると,PGAは周期0秒の剛体の応答ですから,地震動の非常に短い周期と対応していますが,非常に敏感な指標で,地震計の設置状況などのちょっとしたことで非常に大きな値を記録してしまうことがあるので注意が必要です.PGVは,非常に長い周期の速度応答と対応していますが,発生する地震動の多くは,周期1秒より長い領域では速度応答はほぼ一定になる傾向があるので,建物が大きな被害を受ける1~2秒と対応することが多いことがわかっています.ただし,長周期地震動のように周期1秒より長い領域で速度応答が一定にならずどんどん大きくなって行く場合は,PGVが非常に大きな値になる(が応答スペクトルの1~2秒の値は大きくならない)こともあるので,これも注意が必要です.

謝辞 強震記録は,防災科学技術研究所,および,鉄道総合技術研究所よりご提供いただきました.

このページの上部へ